清水草一の”フェラーリ地味トリップ” プロサングエで晴海の想い出巡り

これまで 10 台以上の中古フェラーリを所有してきた清水草一が、フェラーリを駆って地味なショートトリップに出かけるのがこの連載だ。当初は愛馬の 328GTSにて、連載途中からはフェラーリ・ジャパンの広報車である新車に乗り、引き続き”地味に “出かけている。今回は初試乗となるプロサングエで晴海地区を訪れた。

信じられないほど乗り心地がいいのに、

信じられないほどスポーティ。

フェラーリ初のSUV……もとい、4ドアスポーツカー、プロサングエ。写真を見た瞬間からカッコいいと感じていたが、実物はさらに素晴らしかった。全長約5メートルのかなりの部分が、V12エンジンを搭載するフロントノーズに割かれているため、フェラーリのフロントエンジンモデルらしい、”前でパワーを振り絞って後ろ足で蹴る”感に満ちている(実際には4本の足で蹴るが)。しかも、全幅2メートルを超えているのに、フォルムの凝縮感が高いため、コンパクトに引き締まって見える。

個人的には、フェラーリの魂はエンジンにあるとの信念を持っており、ボディ形状にはそれほど強いこだわりはない。フェラーリ・エンジンを搭載したFFサルーン『ランチア・テーマ8.32』でも、十二分に陶酔することができた。フェラーリ・エンジンさえ載っていれば、デザインに関しては”カッコよければなんでもいい”というのが私の考え。その点、プロサングエはパーフェクトにカッコいい。

しかもプロサングエには、珠玉の6.5リッター自然吸気V12が搭載されている。”まさか! “であった。12チリンドリもそれに続いたが、いずれも望外の喜びだった。

多くのフェラーリ・ファンが同じ思いを抱いていたらしく、プロサングエには全世界からオーダーが殺到。争奪戦になっていると聞く。さもありなん。世界の富裕層は、こんな4座フェラーリを待っていたのだ。

プロサングエは走りも、期待に違わぬものだった。恐ろしいほど凝ったサスペンションは、走ってしまえばまったく自然。信じられないほど乗り心地がいいのに、信じられないほどスポーティだ。そしてエンジンは、”これぞフェラーリ! “という天使の歌声を奏でてくれる。超ダイレクトな4WDシステムのおかげで、有り余るパワーを100%路面に叩きつけることもできる。後輪駆動の812では恐ろしくてできなかったことが、プロサングエでは易々と可能なのである。プロサングエと12チリンドリは、地上で最も甘美かつ強力なコンビとなるだろう。

プロサングエで向かった今回の地味な目的地は、東京都中央区の晴海地区だ。

晴海は、スーパーカーファンにとってひとつの聖地。1977年、晴海・東京国際見本市にて、『サンスター・スーパーカー世界の名車コレクション』なるイベントが開催された。スーパーカーブーム当時、多数開催されたスーパーカーショーの中でも最大のもので、わずか4日間で45万人の観客が訪れた。その後も東京モーターショーなど、大きなクルマのイベントと言えば晴海、という時代がバブル期まで続いた。

東京国際見本市は、老朽化により1996年に閉場。跡地は幾度かの変遷を経て東京オリンピック選手村となり、その選手村は現在、大規模マンション群『晴海フラッグ』となっている。分譲棟は高倍率の争奪戦になった。

プロサングエで首都高をクルージングし、まず向かったのは、晴海の源とも言うべき佃地区である。

佃島は、戦国末期から漁民が住み、つくだ煮発祥の地とも言われる。明治以降、勝鬨地区や晴海地区が新たに埋め立てられ、大きなふたつの島となった。その根元にあたる佃島の北東側は、ベイエリアのタワーマンション建設の走りとなった。

ただ、現在もタワマン群のすぐ脇に、江戸期から続く古い神社や、昭和レトロな町並みが残されている。

私を含め、半世紀前のスーパーカー少年たちの多くは、こんな感じの家屋に住んでいた。そこにプロサングエで乗り付けると、実に素敵なミスマッチ感。クルマは半世紀未来の産物だが、ドライバーは半世紀前の少年ゆえに、思わず”ただいま〜”と引き戸を開けたくなった。

佃地区からほんの2キロほど走ると、晴海フラッグだ。かつてちびっ子たちが大行列した、東京国際見本市の跡地である。

私は当時すでに高校生だったので、『サンスター・スーパーカー世界の名車コレクション』には行っていないが、自動車免許取得後、晴海で開催された東京モーターショーには足を運んだ。当時の自分には輸入車など雲の上の存在で、ソアラの未来形『トヨタFX-1』などに心を躍らせたものである。

あれから約40年。まさか自分が、史上初の4ドア・フェラーリで、その跡地を訪ねることになろうとは。

晴海フラッグは、元オリンピック選手村だけに、マンション棟の多くは比較的地味な作りだ。プロサングエで乗り付けると、現代の”団地”にしか感じない。これもまたある意味ミスマッチである。

道路脇にプロサングエを寄せ、あたりの景色を眺めていたら、レンジローバーがすぐ前に止まり、富裕層らしき若い男性が降りてきた。

「プロサングエですよね。初めて見ました」

こちらの閲覧にはfujisanでのメールマガジン登録が必要となります。
下記リンクより登録をお願いします

メールマガジン登録はこちら

また、登録がお済みの方は下記フォームよりログインしてください。
0
今すぐ読む